ある少年期の終わりに①~あのとき君は輝いていた
これは、ある小学4年生のお話です。彼は「ガラパゴス諸島」のテレビ番組を見て、その豊かな自然や生態系に惹きつけられ、すっかりガラパゴスのとりこになってしまいました。
ある日のことです。学校の図書室で「ガラパゴスの自然」という本を目にしました。一見、百科事典のような体裁のものでしたが、陸を歩くゾウガメや海中を泳ぐイグアナの大きな写真を見ているうちに、引き込まれるようにその本に魅了されていったのです。
それからというもの、休み時間、放課後と1日に何度も、足しげく図書室に通い詰めるようになりました。全20巻ほどで、別巻も5冊ぐらいはあったそうです。でも、いくら読み進めても学校にいる時間だけではとても読み切れません。図書室でしか読めない特別な本だとわかってはいたのですが、読破するにはどうしても限界があります。
矢も楯もたまらず、図書の先生のところに行き、「ガラパゴスの本を貸してください」と申し出ました。幸い図書委員会だったので、すでに顔を覚えられておりましたから、きっとうまくいくだろうと思ったのです。
ところが、ランドセルよりも大きくて高価な専門書は、もともと校内閲覧のみが許されているものでしたので、「貸し出し禁止扱い」というルールがくつがえることはありませんでした。
しかしながら、子どもの頃の欲求とは常に激しいものです。何を聞かされても、読みたくてたまらない気持ちを抑えることはできませんでした。
家にある動物図鑑では、ガラパゴスの生物は後ろの白黒ページに少し書いてある程度でしたし、近所の友達もそのような類の本は持っていませんでした。祖母といくつかの書店を探しましたが、何軒回ってもとうとう同じ本は見つかりませんでした。
仕方なく、「本がほしい」という旨を母に懇願したところ、「あんたは勉強でもしていればいいのよ」と簡単に拒否され、話すら聞いてもらえませんでした。「八方ふさがり」とは、正にこのことです。
そこで、もう一度、図書の先生に頼み込んでみました。すると、意外な答えが返ってきたのです。
「そんなに読みたいの? 1日1冊なら特別に貸してあげるけど、みんなには黙っていてね。あと、雨でぬらしたり、食べ物で汚したりしないこと」
何と特別に許可がもらえたのです。「天にも昇る気持ち」というのは、これを指していう言葉に他なりません。
その日から、彼の「ガラパゴス人生」がスタートしました。毎日、ガラパゴス一色。ガラパゴス・オンリーの時間。授業もすっかり上の空で、頭の中で「ガラパゴスの自然」を夢想している始末です。まるで、まばゆい光に照らされたかのような至福に浸りながら、彼はひとり悦に入っていました。おそらく、このような心のときめきは、長い人生の中でもそう多くあるものではないことは、どなたの目にも明白なことでございましょう。
彼は、雨に濡れないように大きな袋を用意し、その中にガラパゴスの本を入れて、毎日、登校しました。晴れているときは、家に帰るまで待ちきれないので、読みながら歩いていたほどです。
信号待ちでも読むのをやめませんでした。時間がもったいないからです。明日には返却しなければならないのですから、寸暇も惜しんで読みふけっていたというわけです。
すると、知らないおばさんが、「勉強熱心だね」と声をかけてくれました。でも、こちらはそれどころではありません。ろくに返答もせず、目の前の活字のみに没頭し夢中になっておりました。
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その当時は欲しいものがあっても、ほとんど叶わない時代でしたので、こうした図書の先生の粋な計らいは、彼にとって極めてありがたいものだったに相違ありません。その優しさが心に沁みわたり、大人になった彼の心の中に今でも残っているのです。
もうおわかりでしょうか。恥ずかしながら、これは私自身のことなのです。
本日は、のどかな昭和の思い出話におつき合いいただきまして、どうもありがとうございました。
KATEKYO学院 郡山開成山教室 専属教師 村井眞一