ある少年期の終わりに② ~あのイモリの夢は空耳だったのか
昔あるところに、5歳の男の子がおりました。彼は「恐竜」や「怪獣」がとにかく大好きでした。ひらがなやカタカナも恐竜や怪獣の名前で覚えていましたし、一部の漢字も紙に書いておりました。彼の頭の中では、この2つの生き物が整理されていて、「『恐竜』は大昔、生きていた大きな生物」、「『怪獣』は今も世界のどこかに生きている謎の生物」と勝手に思い込んでいたのでした。
すると、ある日のことでした。近所の自分より年上のお兄さんたちが、奇妙な生き物で遊んでいる場面に出くわしました。この謎の生物の腹部にある、赤いまだら模様。そのデザインのグロテスクさは、異常過ぎるほど強烈で、戦慄を覚えるほどのゾッとする不気味さがありました。まわりでは、「ほら、どうした? 戦え」などと口々に言いながら、お兄さんたちはその気持ちの悪いトカゲのような生物を手でつまんでは、もう一匹の方の生物の上にかぶせ、戦う気のない生き物に苦心しながらも何とか戦わせようと奮闘していました。
そのとき、近所のお兄さんが気になることを彼に告げたのです。
「こいつはな、大きくなったら、すごい怪獣になるぞ。フフフ」
(そうなのか。これが怪獣の子どもなのか)
彼は急にその生き物が欲しくてたまらなくなってきました。しかし、「どこにいるの?」と何度お兄さんたちに聞いても教えてはもらえませんでした。
この秘密の雰囲気が、さらに彼の気分を盛り上げてしまったことは言うまでもありません。「もしもつかまえて、大きくなったらどうしよう。見つからない場所は池か川かお風呂か」などと、さまざまな空想が加速しては、大きく膨らんでいきました。実は、彼が「イモリ」という生物を見たのは、この日が初めてだったのです。
さて、イモリはカエルと同じ両生類です。敵に向かっていくような闘争心は皆無です。間違っても「戦うこと」などはないでしょう。期待しても無駄というものです。今思えば、イモリにとって最大の迷惑、最凶のハラスメントであったことでしょう。
実は、「イモリ」とは「井守」と書くそうで、「『井』とは『田』。つまり、『田』を『守』る」という説や「井戸の害虫を食べてくれる」という説などがあります。
よく比較される「ヤモリ」は爬虫類で、漢字では「家守」と書くのだそうです。きっと、山小屋で見かけた人もいることでしょう。
もうお分かりですね。私の回想であります。もちろん、実話です(笑)。
鮮明な記憶として残った、「イモリ武闘大会』から数年後、小学4年生になった私は、もう一度イモリと出会うことができました。ミヤマクワガタを買いに訪れたペットショップで、偶然に見つけたときには心が躍動し、育てているときにはすっかり夢心地になっていました。
ですから、たとえ算数の授業でわからないところがあっても、クラスのいじめっ子たちに嫌がらせを受けたりしても、全く気にならなかったのです。
しかしながら、一文字違いの生物「ヤモリ」については、まだ見たことも飼ったこともありませんでした。ペットショップのおばさんに「いつヤモリは入るの?」「いつごろ買えるの?」と何度聞いても、あいまいな返答しかもらえませんでした。
そうした中、「両生類・爬虫類」(絵ではなく、すべて写真で載っている)という画期的で実用的な図鑑が大手出版社から急きょ発売されたことを機に、「ヤモリ」についても「いつか出合いたい。育ててみたい」と、気持ちも新たに意気込むようになりました。ですが、ひんぱんに目撃されるという山小屋に「行って泊まりたいんだけど……」と親に懇願するたびに、毎回きつく叱られては落ち込む日々を過ごしておりました。
すると、小学6年生になったころ、近所に何と「世界大爬虫類展」がやって来たのです。狂喜乱舞とはこのことであります。当然、毎日の授業は上の空になり、世界のヘビやトカゲの絵を自由ノートに描きなぐって過ごし、これを勝手に自主学習と称して先生に提出しておりました。このころは、人生で一番勉強していませんでしたね。図鑑を見ている以外は、絵ばかり描いていましたから。祖母にも「どうして(6年生なのに)そんなに(勉強を)やらないの?」と心配されていましたよ。
学校が終わると、「世界大爬虫類展」を毎日のように見に行っていました。無料ではなかったはずですが、「子どもだから」と何度も入れてくれたのでしょうかね。 「キングコブラ VS マングース」のリアルショーも強烈でしたよ。コブラの天敵マングースも負けることがあることを知りました。
爬虫類だけでなく、タランチュラや毒サソリも極めて珍しいものでした。ガラスで隔てられてはいますが、「もしも、すき間が空いていて間違って出てきたら、うちの窓から入ってきちゃうんじゃないの?」とおびえ、家に帰るとすべての戸の施錠と窓のすき間をチェックしてしまいました。
しかし、いくら怖いとはいえ、静止している図鑑の絵や写真を見ては、「大自然で生きている姿はどうなのか」と想像していたくらいですから、現実に生きて動いているところを見られたことは、もうこの上ないぐらいの歓喜の気持ちになっていましてね。正に忘我の境地なのですよ、これは。
特に、「トッケイヤモリ」という「ヤモリ」には、ひとめ惚れで大ファンになりました。宿願の国産ヤモリではありませんでしたが、この待ちわびた「出会い」というものがね、ただシンプルにうれしかったんですよね(笑)。
KATEKYO学院 郡山開成山教室 専属教師 村井眞一