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ことあるごとに「ことば」のことばかり ~推薦入試と「ことば」のお話~

最近、自動販売機で飲み物を買おうとした際に、「和梨」という言葉を見てドキッとしました。きっと、「洋梨」と対をなす言葉かと思われたのですが、初めて見た「和梨」に愕然としてしまいました。

現在、ネットショッピングサイトにもこの「和梨」という名称が見られたので、今更感で、そんなの時代遅れだと思う方も世の中には多くいらっしゃることでしょう。

実際のところ、山形県では業界用語的に「和梨」と言うらしいのですが、関東その他の感覚で「梨」と言えば「日本の梨」のことなので、特に「和梨」とは言っていないそうです。

一昔前のことになりますが、スペインのある画家が描いた絵が「抽象画」と命名されたことがありました。このことにより、「具象画」という対義語が誕生しましたね。私はとっさに、これと似ていると思いました。さまざまなジャンルの中で、歴史は繰り返していくのですね。

 

私事ですが、1年ほど前から歯の大切さに目覚め、歯医者に通っています。そこの歯科衛生士さんたちの言葉の表現が、実にユニークで面白いのです。「歯ブラシがうまくなると、シュッとした『カッコいい歯茎』になりますよ」とか、「出血が少なくて、『素直な親知らず』でしたね」とか「歯」そのものがまるで人間であるかのようです。車がお好きな方もそうだと思うのですが、人間は愛が深くなると、「物質の擬人化」が進行していくんですね。
ところで、現在、推薦で大学に行く人の割合は、増加の一途をたどっております。私も、推薦入試の指導を毎年行っているのですが、合格者の約半数は推薦入試の合格者です。10年前では到底考えられません。

 

言うまでもなく、推薦合格のためには、「話す」「書く」という行為、つまり、「言葉による表現力」が大切になります。面接での「話す言葉」は、「書く言葉」である志望理由書との整合性も含めて、私は生徒と何度も繰り返し練習します。小論文は、課題小論文が多く出題され、まず文章を正しく読むことが求められます。時には、要約もあります。つまり、推薦で合格を勝ち得るには、「書き言葉」と「話し言葉」自体が評価されるわけで、「コミュニケーション能力」をいかに身につけるかが大きなカギとなるのです。

 

では、どうしたら「言葉」を使ったコミュニケーション能力が身につくのでしょうか。

 

ある日、公園で母親と女の子が話をしていました。3歳ぐらいの子が、「この花、なんて言うの?」と尋ねると、そのお母さんが「花だよ」と答えました。すると、女の子が今度は別の花を指さしました。「これは何?」「それも、花だよ」こうしたやり取りがその後もしばらく続きました。私はとても残念に思いました。これでは、「言葉のキャッチボール」ができているとは言えません。

 

以前、書店に勤めていたときのことですが、某出版社の営業の方がこんな話をされました。「最近は、子どもを海や山に連れていくと、親がそれで満足してしまっていて、自然に触れさせたら子どもが勝手に成長すると勘違いしている。大事なのは、『自然の中で、子どもが何を見てどう感じたのか』であり、『対話』という『親の働きかけ』がなければ、どこに連れて行こうが家庭教育にはならない」私は、この話にとても感銘を受けました。

 

先日、あるテレビ番組でも、有名な学習塾の代表の方が、「『言葉の力』は、家庭内で形成される。よく小学校時代に成績がよい子がいますが、親子で『言葉のキャッチボール』が成立している家庭の子どもさんは、後伸びをするんですよ。例えば、どういうご家庭かというと、お父さんが迎えに来まして、『今日、楽しかったよ』と娘さんが言うと、お父さんが『それは、楽しいじゃなくて、うれしいでしょ?』と言うんです」と話されていました。その方は4歳児から大学受験までの子どもさんを預かり、その成長を間近で見てきているので、話す内容にも大変説得力があります。

 

現代社会は「AIと人」「動物と人」など、我々自身が多種多様な他者と関わりながら生きていく時代に突入していますね。しかし、「人対人」のコミュニケーションは今後もなくならないでしょう。むしろ、「コミュニケーション能力」こそが、AIが浸透したデジタル時代にあって求められる能力になるのではないでしょうか。こうした一見、アナログな能力の獲得が人間にしか成し得ないのだとすれば、この力を「受験勉強」を通して鍛えていくのも悪くはないことだと思うのです。

 

たとえ、ノーベル文学賞を取った日本人の名前を生徒が答えられなくても、「未来の大人たち」に向けて、少しでも「言葉」について、「日本語」の面白さについて興味を持ってもらえるような授業を行うべく、私は日々を過ごしているつもりです。この仕事に就いて、10数年になりますが、読書を欠かした日がないことが小さな自負です。

この文を書いていましたら、急に小学3年生のクラスを持っていたときのことを思い出しました。学校の図書室で国語辞典を何冊も机の上に並べて、「先生、同じ言葉なのに(言葉の意味が)少し違うんだね。面白いね」と言っていたS君。今頃は、どんな大人に成長しているのでしょうか。

郡山開成山校 専属教師 村井眞一

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