質問は恥ずかしい?
一昔前、「わからない」と自分から言えない生徒さんは、
・性格が大人しく自己主張ができない
・そんなこともわからないのか?と思われるのが怖い
・プライドが邪魔して人に聞けない
ことが理由である場合がほとんどでした。
それが現在では、「スマホで調べればわかることを調べてもないのに聞くなんて恥ずかしいことだ」、と思い込んでいる生徒さんが一定数いるように思います。
例えばメールやラインで知らない言葉を相手から書き込まれたとき、一度バックグラウンドにしてグーグル検索をかけて、さも知っていたように会話を続けるときもあれば、どうせ聞いても検索すれば?といわれるのならば話を合わせてごまかしておこう、と適当に話を流す経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
どちらも根底にあるのは「知らないことは恥ずかしいこと」「知らないというと相手に馬鹿にされるかもしれない」という気持ちです。一昔前の悩みとさほどかわりませんが、いつでも検索をかけられる状態にある現在、調べもしないで聞いてくるのはありえないことと洗脳のような状態が加わってより厳しい状況をつくっていると思います。
一方、「自分で調べて理解を深めることはいいことだ」とプラスのイメージでとらえることもできます。
しかし私は一人で調べたものを鵜吞みにし、自己解決してしまうことも少しリスクがあるのではないかと思っています。なぜならば、思考が調べたことの先へ向かいにくくなるからです。
誰かに聞くことで会話が生まれる、お互いの考えをぶつけることで新たな発見を生む可能性を0にしてしまいます。
1対1の授業を行っていると、数学なら計算の手順、英語なら設問にどう取り組んで迷うのかを隣でじっくりみながら、どのような考え方をしてこの答えを導いたのか聞くようにしています。
逆に、珍しい解法で求めているのを見かければ、生徒さんに「その解き方教えて!」とたずねることもあります。会話から思考力を育てるアクティブラーニング形式を1対1で行うと、その場でわからないものは一緒に調べ、理解を同時に深めることができる、さらにプライドも傷つきにくいのは大きな利点です。
分からない知らないことを面と向かって聞くのは、人によって画面越しや文字列よりハードルが高いかもしれません。それならまずは私たちに練習がてら気軽に聞いてくださいね!